■ (小)劇場用キューランプの設計と製作・その2

 本誌2012年3月号で "BQランプ" を紹介しました。その続編で "TQランプ" の紹介です。

 子機2系統をマイク1回線で接続可能、親機−子機間で相互合図可能なところは、前機を踏襲しています。最も大きな改善点は、消灯の状態でも子機からの合図を可能にしたところです。

 赤/緑の2色発光は正負2電源により可能です。(図1参照) 2色発光ダイオードが逆並列接続となっています。ここがミソです。スイッチを切替えると、"正" で赤色、"負" で緑色が点灯します。相互に逆電圧を回避する形となります。シールドを共通とし芯線2本を別系統に割振ることで、1回線2系統を可能としています。

 回線にDC12Vを流すのは、ファンタム電源の48Vに比べても十分小さく、また電流も数十mAと小さいので問題ありません。正負と共に、電気のもう一つの特性である直流/交流を応用しました。詳しくは後述します。


親機


【図1】LEDの2色発光の回路

■ 概要
 ・親機1台と子機 (オペレータ側) 2台で一組。
 ・子機は2系統で、親機から個別に合図が出せます。
 ・子機の接続は並列/直列のどちらも可てす。 (下図2参照) 
 ・子機から、親機や他の子機に対しても合図可。
 ・マイクケーブルで接続します。 (マルチケーブルも使用可)
 ・電源はAC100Vで給電は親機のみ。

■ 操作について
1) 親機 (下図3参照)

 系統別にCUEスイッチFG があります。
 押す度にCUE表示灯が "OFF"→"赤"→"緑"と循環します。
 同じく系統別に点滅スイッチDEがあります。
 押す度に"点灯"と"点滅"が切り替わります。
 CUE表示は常に子機と同じになります。


【図2】接続

【図3】親機の操作部
2) 子機 (下の写真)

 系統別に点滅スイッチがあります。
 押す度に"点灯"と"点滅"が切り替わります。
 CUE表示は常に親機と同じになります。
 他系統の小さな表示灯があり、他系統のキューも確認できます。
 またこちらの点滅スイッチを押せば、他方の子機に合図が出せます。
 各スイッチを押した時のCUE表示灯の動作を図5にまとめます。
 回線を短絡しても壊れない回路構成となっています。


■ 部品とその入手について

 昭和25年開業の秋葉原ラジオストアは、昨年11月に閉館し,その64年の歴史に幕を閉じました。ネット通販の利便性には敵わず、小売店の衰退も止むを得ないところです。数量にもよりますが、価格差数倍も珍しくありません。ネットで検索すれば世界のどこに何個在庫があるのかも分かります。しかし実店舗の対面販売の良いところもあり、秋葉原へも何度も足を運びました。


子機2と子機1


【図5】各スイッチの機能

 電子部品の進歩は急速です。携帯電話には約200個ものコンデンサが使われています。小型化の要求は高まる一方です。
 世界最小の積層セラミックコンデンサは、0.25×0.125×0.125mmとゴマ粒よりも小さく、これでは手半田は無理です。各部品共に挿入実装から表面実装への移行が進んでいます。回路の流行り廃りもあり、手作業向きの部品は全般的に縮小傾向です。

 部品は産業機器用途にも使える高信頼性の物を選びました。スイッチの日本開閉器工業はこの4月に社名変更して、NKKスイッチズになりました。有機ELディスプレイを採用するなど意欲的な製品開発を進める一方、既製品は永年継続生産するというのが社是のようです。


試験中の試作機の内部

 電源にはイーター電機工業のスイッチング電源ユニットを用いました (SVA22FWA)。本機には性能過剰ですが、正負二電源、フの字型過電流保護回路付です。これも長期供給品ですが、個々の製品には寿命があります。電解コンデンサーの寿命です。使用頻度、使用環境にもよりますが、最長でも約15年、温度が10℃上がると寿命は半分になります。

 プリント基板の外形は、160mm×80mm、2層スルーホールで、ピン数は約360。基板外の部品との接続には、基板用コネクタを用いました (日本圧着端子製造)。設計・製作と部品実装は大田区のサンステップに依頼。

■ 回路について

 全体の回路構成を図6に示します。制御回路は、4000B/4500BシリーズのCMOS論理ICが主です。電源は±12Vです。
 難しいのは子機のスイッチ "入" の検出でした。冒頭に書いたうっかり想定外の要因とはケーブルの線間容量です。これが交流20kHzには影響大です。完動したかと思われた試作機のマイクケーブルを延長していったら、動作しなくなってしまいました。導体抵抗は考慮していたのですが迂闊でした。
 この影響を最小化するために、抵抗とコンデンサを追加し、定数を調整しました。


秋葉原ラジオセンター入口

【図6】全体の回路構成 (クリックで回路図)

回路基板

1) 子機のスイッチ "入" の検出

 20kHzの信号を回線に重畳します (上図6参照)。子機のスイッチ SW2またはSW3が "ON"すると、交流信号が通じフォトカプラが "ON"します。フォトカプラはAC入力対応です。シャープのPC814ですが、廃品種となりました。
 C6・C7・C8は直流阻止用コンデンサです。

 マイク回線に使用されるケーブルの諸元を【表1】に示します。中ではL-4E3-Pが導体抵抗、線間容量ともに大きく、回線を延長した時の影響が最も大きく表れます。

 周波数を下げれば影響は低減するのですが、マルチ回線におけるクロストークが問題となります。2kHzでは、マルチケーブルの隣番のマイク回線に可聴レベルのクロストークが現れました。やはり可聴範囲内の周波数は不適です。

 では超低周波はどうかといえば、直流阻止用コンデンサの容量が大きくなって突入電流が増すのと、高調波が可聴範囲内に現れるので、これも上手くありません。


秋葉原 電波会館



 線種を限定すればケーブル長150m超もOKなのですが、実際にどういう組合せになるか分かりません。どんな組合せでも全長120m以内なら可となるように、交流信号の振幅を調整しました。約4Vp-p強が適正でした。

 温度変化に対しては、40℃を超えても大丈夫ですが、10℃を下回るとフォトカプラが"ON"しなくなります。

2) 20kHz発振回路 (図7参照)

 20kHzの方形波発振回路です。正弦波も試しましたが、方形波の方が良好でした。2回路入りのタイマIC NE556を用いています。改廃の激しい電子部品ですが、元のNE555 (1回路) は1972年発売で、共に現役とは驚きです。

 周波数は、R5・R6・C4で決まります。


【図7】20kHz発振回路


【図8】20kHzの波形

 図8に波形を示します。デジタルオシロスコープの画像です。黄色がオペアンプNJM4580の出力です。紫色は、50mのマイクケーブルで繋いだ子機の入力です。マイク回線は20kHz以上で損失が増すので、波形が鈍ります。
 回線上では2.5Vp-p程度となり、交流電流による発光ダイオードの点灯はありません。ちなみに交流点灯すると赤/緑の2色が混ざり、黄色となります。

 点滅回路も同じく556を用い、定数を変えて約4.5Hzを発振しています。

■ 名称について
  TQランブの「T」は次の頭文字から取りました。
  ・三方向性=Tri-directional (親機と子機2個間)
  ・三つの状態=Tri-state (消灯・点灯・点滅)
  ・劇場=Theater


【表2】TQランプ諸元


トランジスタ技術 付録

■ おわりに

 課題が残ったのは、スイッチの操作音です。小劇場では客席に聞こえてしまいます。放送機器向けの静音の物もありますが、仕様が合わず見送りました。
 回路・部品・実装はそれぞれ密接に連関します。さらに費用/デザイン/使い勝手などが絡み、あちらを立てればこちらが立たずの関係です。設計製作には発想/割切/根気が必要なことを先回同様痛感しました。

 部品代と外注加工費は1台当たり約5万円です。
 TQランプの諸元を表2に示します。


※回路エディタ: Qt-BSch3V Modified
※参考資料:『タイマIC555 応用回路集』 (トランジスタ技術 2011年1月号 付録)
      『ディジタル回路の設計入門』 (湯山俊夫 CQ出版社 2005)
       『技術者のためのプリント基板設計入門』 (CQ出版社 2004)
       『日本「半導体」敗戦』(湯之上隆 光文社 2009)
〈追記
 8月末に秋葉原に行く機会があり、ラジオストアの跡がどうなったかと思い立ち寄りました。新規開店はありませんでしたが、旧日本電気用品試験所の電気安全環境研究所 (JET) が期間限定で出展してました。
 これはと思い「Qランプ」が電気用品安全法の対象となる457品目に該当するかどうか聞いてみました。2001年の改正に当たって「ビンテージ品」のPSE認証で物議を醸した法律です。パソコンは非対象と謎も多いのです。
 担当の人のお話では「光源応用機械器具」の内の「広告灯」に該当する可能性がある。判断するのは経産省とのことでした。「Qランプ」は法律的には「広告灯」だったのか。
pse
(ステージ・サウンド・ジャーナル 2014年9月号より)