■ (小)劇場用キューランプの設計と製作

 劇場において、音響や照明のオペレータが、舞台監督からの合図を受けるには、何らかの通信手段が必要です。通常インカムやトランシーバーあるいはキューランプが使われます。
 音響オペレータにとって、耳を塞がれるインカムやトランシーバーは、出来れば避けたいところです。開演前はいいのですが、特に客席でオペレートをする場合は、音漏れのおそれもあります。キューランプはこの点は心配無用ですが、交信出来ないのが弱点です。


親機と子機2台/正面


親機と子機2台/背面

 10年程前ですが、新橋の劇場でこんな体験をしました。火薬の仕込んである短銃を発砲する場面でした。俳優が引き金を引いても不発のため、舞台監督が、舞台袖でバックアップのスターターを鳴らしました。すると最寄りののインカムが過大入力を感知し、ミュート機能が働きました。自動復帰せず以後不通となってしまいました。オペレータは勘と気配で転換状況を察知し、何とか終演まで乗り切りました。

 キューランプは、即時性と信頼性が大切です。自分の現場で使うことを目的に、キューランプの設計と製作をしました。

■ 概要

 本機の概要は次のとおりです。
 ・親機1台 (舞台側) と、子機 (オペレータ側) 2台で一組
 ・子機は2系統で、親機から個別に合図が出せる
 ・表示灯は緑と赤の2色で、それぞれ点灯/点滅と"切"の合わせて5モード 
 ・子機−親機間で双方向の合図が出来る


【表1】BQランプ諸元

 特長は、マイク1回線で2系統の接続が可能なことです。劇場のマルチ回線を使うことも出来るので、引き回しが容易です。回線の電圧はDC12Vでファンタム電源以下、電流は数十mAです。もう一つは、子機から親機に対しても合図ができることです。電源は親機にAC100Vで、子機は不要です。
 表示灯には発光ダイオード (LED) を使用しています。色の切替えと「切」は親機から、点灯/点滅の切替えは、親機・子機双方から操作できます。自照式2色発光の押ボタンスイッチを使用しています。

 名称は、"BQランプ" としました。"B" は双方向性=Bidirectional、2色=Bicolour および舞台=Butai の頭文字です。本機の諸元を【表1】に示します。

■ 操作と接続

 親機には、レバースイッチと照光式押ボタンスイッチ (日本開閉器工業) が2個ずつあります。2系統で独立して機能します。レバースイッチを操作すると、表示灯が <赤/切/緑> と変化します。2個のレバーの間には金属製の仕切りがあり、スイッチを視認しなくても、手触りで操作することが出来ます。
 押ボタンスイッチはモーメンタリー動作で、押す度に、点灯/点滅が切替わります。点滅モードは、相手にインカムに出てほしい時に使用したりすることも出来ます。

 子機には、照光式押ボタンスイッチが1個あります。表示の状態は親機と同じです。釦を押すと、同じく点灯/点滅が切替わります。この機能を利用して、子機から親機に合図することが可能です。

親機の操作部
(中央の金属製の仕切りの陰に 電源オンを示す
LEDが隠れている)

【写真4】試作プリント基板
(白色は基板用コネクター:日本圧着端子製造)
■ 回路について

 回路図を【図1】に示します。一般的な回路の組合せですが、正負電源がミソです。
 正負2電源と2色発光ダイオードの逆並列接続との組合せで、1回線2系統2色発光を可能にしています。親機と子機の回路の要点を【図2】に示します。子機は1台のみを記しています。スイッチ (SW1) が正電圧を選択すると、親機/子機共に赤色のLEDが点灯します。負電圧を選択すると、緑色のLEDが点灯します。

 電源電圧は、ICやリレーの動作電圧や回路構成の都合、および回線の電圧降下などを考慮し、±15Vとしました。スイッチング電源ユニット内蔵です。
 LEDの点滅を担うのは、NE556 (U1) です。非安定モードで動作し、MOS FETリレー (RL1、RL2) を直接駆動しています。点滅の周期は、C3, R11, R13 (C4, R12, R14) で決まります。図の定数で、1秒間に約3回となります。【図1】参照

 NE556は、NE555の2回路入りです。雑誌『トランジスタ技術』の通巻555号 (2011年1月号) で、「555」が特集されました。移り変わりの激しい電子業界にあって、1972年発売のこのICが未だに継続しているのは、驚嘆の一語に尽きます。

親機の内部
(右上がスイッチング電源ユニット:イーター電機工業)

トランジスタ技術 通巻555号

 他にC-MOS標準論理ICを4個使用しています。4093B (U3-1、U4-1)はシュミットトリガーで、スイッチ接点のチャタリング除去を担います。同じく4093B (U5)は、パワーオン・リセットの機能を果たしています。これは、電源投入時にLEDが点滅状態になるのを防ぐものです。
 4013B (U2) は、Dフリップフロップで、556のリセット回路を制御し、点灯と点滅を切替えます。4013Bの出力に繋がる複数のゲート (U3-2〜4、U4-2〜4)は、子機のスイッチの長押し対策です。

 直接外部の回線に繋がるのは、スイッチ、リレー、LED等で、ICは繋がっていません。このため耐雑音性が高くなっています。またXLRの端子を短絡しても壊れない回路構成となっています。

■ 子機のスイッチの検知方法

 子機のスイッチを押すと、XLR端子の2番と1番ピンが短絡されます。【図2】参照。R23の両端の電圧は、15Vとなります。リレー (RL3) の巻線の抵抗は960Ωで (23℃)、R21で分圧され両端には約10.7Vの電圧が掛かります。これによりリレーが動作します。これは定格電圧の約89%となっています。この理由は後述します。
 通常の使用では、スイッチが押される時間は1秒程度ですが、長押しした場合を考慮します。R23には約55mAの電流が流れ、消費電力は約0.83Wとなります。R23の定格は2Wで、抵抗器メーカーの資料によると、表面温度の上昇は約55℃となります。これなら許容範囲です。


東京測定器材 LS-700

■ 部品について

 部品表を【表2】に示します。部品の選定で一番困ったのが、親機のレバー・スイッチです。3投のスイッチを探しました。

 昔よく見かけたシーメンス・キースイッチは、ほぼ絶滅したようです。トグルスイッチやスライドスイッチは、動作音の大きさや操作性の悪さが難です。レバーロータリースイッチを受注生産しているメーカー (東京測定器材) を見つけ (左写真)、注文しました。以前は、測定器等で多用されていましたが、こちらも絶滅危惧品種です。

 このスイッチ以外は全て汎用品です。産業機器にも使える高信頼性のものばかりです。プリント基板の大きさは、100mm×70mm、ガラスエポキシ1.6mm厚、2層スルーホールです。ピン数は約200。基板外の部品とは、基板用コネクターを介して接続しました (写真4)。
部品代は基板とケース加工 (タカチ電機工業) を合わせて、1台当り約5万円でした。
■『ベンチャーズの夜』

 女優の片桐はいりの一人芝居に『ベンチャーズの夜』(作・演出=岩松了) があります。1994年初演なので、18年前になります。スタッフも少人数で、マイクロバスで全国を旅して回りました。

 舞台では、下手の小部屋にオープンテープレコーダーが置いてあり、劇中で主人公が、何度か声の録音再生をします。この声がもう一の登場人物となります。声の主が誰かというところに、謎解きがあります。


『ベンチャーズの夜』片桐はいり (写真提供:トム・プロジェクト)

ビクター SEA-60
 幕開きは暗転で、明りが入ると、オープンテープが回っているという設定です。ビクターのグラフィック・イコライザー SEA-60に内蔵されたスペクトル・アナライザーや、周波数分析機能を持つ音響ソフト Sound Designer II の三次元のメッシュ状のグラフを、CRTディスプレイ (当時はモノクロ) に表示したりして、視覚的にも音声の変化を表しました。

 デッキは、TEACのA-3300SX や33-4 (共に1976年発売) を使いました。当時の民生用デッキに搭載されていた機能の一つに、タイマー録音/再生があります。この機能を利用して、オペレーターが電源を遠隔操作して、暗転中に起動/停止をしました。この時自作したリモコンが、本機の前身です。部品・回路の一部は本機と共通です。
■ 親機/子機間のケーブル長と動作温度について

 親機と子機との間のケーブルをどれだけ延ばせるか、ざっと計算してみます【図2】参照。ケーブルには抵抗があるので、延ばすと子機のLEDは僅かながら暗くなります。問題は、子機のスイッチを押した時、リレー (RL3) が正常に動くかどうかです。ケーブルの電圧降下が大きくなると、巻線の電圧が下がり動作しない可能性があります。

 23℃では、リレーG5V-1の動作電圧は、最大で定格電圧の約74%です。12Vの74%は、約8.9Vです。この時、R21の両端の電圧は、3.6Vです。8.9Vと3.6Vを足した12.5Vを15Vから引いた2.5Vが、ケーブルに許容される電圧降下となります。
 この時リレーの巻線の電流は、8.9Vをコイル抵抗の960Ωで割った約9mAです。R23の電流は12.5Vを270Ωで除した約46mAです。合わせて55mAの電流で、2.5Vの電圧降下が起きる抵抗値を求めると、45Ωとなります。

TEAC A-3300SX



【表3】ケーブルの抵抗値 (Ω/100m、20℃)
カナレ電気カタログより

 一般的なケーブル (カナレ電気) の抵抗値を【表3】に示します。最も抵抗値の高い L-4E3で計算します。芯線とシールドを合算した抵抗は28.6Ω/100mとなります (カタログの20℃を23℃に換算)。
 45Ωを28.6Ωで割ると1.57ですから、ケーブル長157mとなります。抵抗の誤差やリレーの公差を考慮すると、140mが保証範囲です。これは、リレーのばらつき等を考慮した23℃における最悪の値です。
 電源電圧を±15Vとしたことは、この結果からも妥当だったと言えます。

 温度が上がると、リレーの動作電圧が上昇しケーブルの抵抗値は増すので、条件は厳しくなります。炎天下の野外で、ケーブルを長く延ばした時などには、子機からのスイッチ操作が正常に動作しない可能性があります (親機からの操作は問題ありません)。抵抗値の低いマイクケーブルやマルチケーブルを使えば、上記の2倍程度の長さが可能となります。
 R21の抵抗値を下げれば上の問題は緩和されるのですが、今度は低温時におけるリレーの復帰電圧との絡みが出てきます。諸々勘案すると、動作温度範囲は、0℃〜40℃といったところです。

■ おわりに

 部品の調達はもとより、基板の設計製作や板金加工も、今ではネットと宅配便でやり取りできる便利さです。18年前とは隔世の観があります。それでも、幾度か秋葉原に出掛けました。店頭で特価品を見つけたり、店員と会話を交わすのもちょっとした楽しみです。

 回路・部品・実装はそれぞれ密接に連関しています。設計製作には発想と根気と割り切りが必要だと痛感しました。

※参考資料:『ディジタル回路の設計入門』 (湯山俊夫 CQ出版社 2005)
       『タイマIC555 応用回路集』 (トランジスタ技術 2011年1月号 付録)
       『技術者のためのプリント基板設計入門』 (トランジスタ技術 SPECIAL No.87 CQ出版社 2004)
       「スイッチ総合カタログ」 (日本開閉器工業 2010)
       「電子・機構部品総合カタログ」 (オムロン 2011)

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2012年3月号より)