■ 書籍紹介
『新版 香具師口上集[板野比呂志のすべて CD付]』 室町京之介

 「香具師」と書いて「やし」と読む。漢字三文字に音が二つとはこれ如何に、と思っていたら、本書にその答がありました。しかし表記だけでも「野士・弥四・野師・矢師…」と多々あり、その語源には諸説あります。

 香は伽羅・白檀・麝香などの香木を原料とします。これらは日本では産出せず、仏教に伴って伝来し広まりました。「焼香」や「香典」などの言葉をみると、香と仏教は縁深いのが分ります。香や香具を作ったり商ったりする人は香具師(こうぐし) と呼ばれました。

 戦国の世が治まると、特定の君主に仕官しない「野武士」たちは身が立たなくなり、一部は「香具師」を生業とするようになります。"武"をとった「野士」と「香具師(こうぐし) 」とが合わさって、「香具師(やし)」となったというのが本書の説明です。

 古代中国の伝承に出てくる皇帝に神農があります。農耕・医薬・交易などの祖神です。香具師は元々薬も扱うことが多く、薬祖といわれる神農を祀りました。今でも大阪の少彦名(すくなひこな)神社や東京の湯島聖堂では毎年神農祭が営まれます。「薬師」がつまって「香具師」となったというもあります。


薬草を嘗める神農

 香具師は明治以降「的屋(てきや)」と称されるようになります。矢場(楊弓場) の屋号の「的屋(まとや)」が語源というのが本書の説明です。これにも諸説ありはっきりしません。的屋は露店とは限らず、興行や遊技など多種多業で、見世物・大道芸にもつながっていきます。軽業・獅子舞・居合抜刀・曲馬・写し絵・覗きからくり等々。的屋の全国網は瞽女の巡業にも関与しました。

  的屋の多くは口上がつきもので、売では啖呵売(たんかばい) と言われます。

 付録のCDは、独演『坂野比呂志のすべて』の浅草木馬亭における実況録音(1982年11月)。物売りの口上を中心に易者 (ろくま=六魔)・活動写真などを演じます。2時間超の上演から73分を抜粋。同年の芸術祭大賞を受賞。

 著者は香具師として全国を巡りました。ほかにもシナリオライター、浪曲作家、剣劇団代表、映画雑誌記者と多くの仕事に就き、二葉百合子の『岸壁の母』の台詞も書いています。


書名
新版 香具師口上集
著者
室町京之介
挿画
今村恒美
口上
坂野比呂志

発行

創拓社出版
発行日
1997年12月10日
判型
A5判 286頁
定価
2,850円 (税別)
ISBN

4-87138-222-2

 著述、挿画、口上の御三方は共に明治生まれ。大正・昭和の時代を生きのび、平成に鬼籍に入る。書き手は元香具師だけに話巧みで真贋を超える面白さがあります。読んでよし見てよし聞いてよしの三拍子揃い。

 

※参考文献:『香具師の口上でしゃべろうか』坂野比呂志 (1984 草思社)

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2016年5月号より)