■ 書籍紹介
『空耳の科学 だまされる耳、聞き分ける脳 柏野牧夫著

soramimi

 前著『音のイリュージョン』(岩波書店) に次ぐ、「錯聴」を通して耳と脳の本性に迫る著作です。ここで言う「空耳」は耳の錯覚のことで、万人に概ね共通の現象です。この点、人それぞれに違う「幻聴」とは異なります。

 近年の研究から得られた成果を折り込み、幅広い知見から「空耳」を追究していきます。謎に満ちた聴覚の世界ですが、「空耳」は決して負の現象ではなく、脳が世界を認識するための巧みな戦略であるとの主張が貫かれています。

 第6章では面白い事例が紹介されています。「耳は音を受けるだけでなくて、音を発している」と言うのです。これは、"耳音響放射"と呼ばれ、英国の研究者による1978年の発見です。外耳道に挿入した小型マイクロホンで観測されます。

 音の発生源は、左右の内耳に各々1万5千〜2万本ある蝸牛外有毛細胞。この細長い細胞は「音楽に合わせて踊る」のであり、その様子は動画でも見られます。耳鳴りの一部にはこの耳音響放射が関与しており、耳鳴りは必ずしも主観的な現象とは言えないようです。

【本書の目次 】
第1章
聴覚の研究に至るまで
第2章
百聞は一見に如かず?
第3章
耳の良さにはいろいろある
第4章
音とは何か

第5章

聞こえている音は、すべて空耳 ! ?
第6章
聴覚システムのすべて
第7章 できることはよくわかる?
第 8 章
音を見る、光を聞く

 神奈川の高校で、9名の生徒を相手にした2日間の講義が元になっており、平易な言葉遣いで書かれています。登場順に用語を列挙します。マガーク効果、選択的聴取、アスペルガー症候群、音韻修復、ミッシング・ファンダメンタル、音脈分凝、聴覚フィルタ…等々。講義は当該の音を聴きながらの進行ですが、残念ながら本書には未収録。

 著者は、聴覚の心理物理学と認知神経科学が専門で、NTTコミュニケーション科学基礎研究所に勤める傍ら、東京工業大学大学院教授。幼少期からの電気工作と歌謡曲好きが昂じてこの道に入ったという。

 関連ウェプサイト『イリュージョンフォーラム』にアクセスすると、多くの「音の錯覚」の実例を体験できます。
  → ● イリュージョンフォーラム

書名
空耳の科学
著者
柏野牧夫 (かしの まきお)
発行所
ヤマハミュージックメディア
発行日
2012年2月20日
判型
四六判 312頁
定価
1,600円 (税別)
ISBN

978-4-636-85997-3

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2013年7月号より)