■ 書籍紹介
『音響設計学入門 音・音楽・テクノロジー 九州芸術工科大学音響設計学科編

■ 概要

 本書は、九州芸術工科大学の開学30周年の記念事業として、出版されました。音響設計学科が学生に配付していた、『音響設計学概説』という冊子を発展させたものです。教授や助教授を含む同学科の教官20名が、13章を分担して執筆しています。

 副題に「音・音楽・テクノロジー」とあります。音響工学に留まらず、音楽・建築・聴覚・音声・言語・環境・情報・メディアと、幅広い方面から、音に迫っています。大学新入生・高校生を主な対象としており、平易な記述で数式も少なく、読みやすい入門書となっています。音を多面的に扱っているという点で、類書は少ないと思います。

■ 内容

 執筆者が大人数で、纏まりに欠けるという憾みはありますが、それぞれが専門分野を分担しているだけの事はあり、読み応えのある文章も多いです。とりわけ、古代ギリシアから現代までの音響史を、芸術・哲学・宗教など他分野の発展に絡めて概観した第3章や、人間の音の知覚について、錯覚などのエピソードを交え、聴覚研究の将来までを見据えた第9章などが、充実しています。他にも、フルート奏者の演奏時のエネルギー効率とか、聴覚の進化や臨界帯域の話など、興味深い記述が随所にあります。

 文中に登場する人物の一端を列挙するだけでも、ピタゴラス/ベーコン/ガリレイ/近松門左衛門/ゲーテ/フンボルト/フーリエ/エジソン/ドビュッシー/柳田国男/コクトー/フレッチャー/シェーファーと、この本の中身の広さと、およその色合いを分ってもらえるかと思います。

■ 九州芸術工科大学

 九州芸術工科大学は、「九州に国立の芸術大学を」という気運に端を発し、曲折を経て、1968年4月に開設された単科大学です。高度経済成長の歪みが、世間のあちらこちらに表れた頃です。ベトナム戦争が長期化し、公害が顕在化するなど科学技術神話が崩壊し、社会の枠組みの見直しと変革が求められた時代でした。九州は、三井三池炭鉱爆発事故・エンタープライズ寄港阻止闘争・水俣病など、世間を揺るがす大事件のご当地でもあります。

【本書の目次】
第1章
音をデザインする
第2章
音を楽しむには
第3章
古代ギリシアからの流れ
第4章
アジアの中の日本
第5章
楽器の楽理・物理・心理
第6章
音楽と言葉
第7章
音声
第8章
聴覚の仕組み
第9章
音の知覚
第10章
「聴」能力を鍛える
第11章
音の物理と音響技術
第12章
音と情報
第13章
音の加工と保存・伝送
enter佐世保/1968・1

 バウハウスを強く意識した同大学は、<技術の人間化>を標榜し、工学分野に偏らない幅広い知見と感性を備えた、デザイナーの育性を教育目標の柱に掲げています。芸術工科の名称の由来はそこにあります。芸術・人間・科学の幅広い視野で、技術を捉える事を、念頭に置いています。1977年には大学院が設置されました。芸術工学部は、他にも幾つかの大学に設立されましたが、音響設計学科は、全国でもここだけでした。2003年10月に、同じ福岡にある九州大学に統合されました。

 


 音楽や舞台など、表現分野に携わる仕事をしている音響家にとって、本書の視点や内容は、関連するところも多いです。最近の研究成果も反映されています。新人・若手はもとより、中堅・ベテランにも有用な一冊となることでしょう。


■ 博多行

 三十年程前に同大学を受験した経験があります。初めての九州行で、九州は暖かいと思っていたら、関門トンネルを抜けると大雪で、驚きました。山陽新幹線は未開通で、名古屋から金星号という寝台特急で、博多に向かいました。答案を早く提出し終えて、対岸の志賀島に渡り、「漢委奴國王」の金印の碑を見に行くという、観光優先の計画で試験に臨んだところ、見事落第。というか、そもそも学力が足らなかったのでした。入試の倍率は4倍位だったように記憶しています。万一合格してたら、一体どうなっていたんでしょう。今この文章を書いてなかったように思います。人生は観光旅行のようだ !?

漢委奴國王金印 

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書名
音響設計学入門 音・音楽・テクノロジー
編者
九州芸術工科大学 音響設計学科<
発行所
九州大学出版会
発行日
2000年12月25日
判型
A5判 254頁
定価
2,800円 (税別)
ISBN
4-87378-649-5
■ 観音

 観光の "光" を "音" に変えると、観音になります。法華経の一節観音経には、「一心にその名を称えれば、観音様は声を聞き取り直ぐやって来て、苦しみから救い出して下さる」とあります。観音とは、観世音とも言い、世の音を観ずる (悟る)の意です。
 修業を重ね、観音菩薩のように "音を観ずる" 事ができるようになりたいものです。

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2002年1月号より)


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