■ 音盤紹介
『江戸売り声百景』 (CDシングル付)

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 江戸の川柳にこんなのがあります。"納豆としじみに朝寝起こされる"。 江戸の町は朝から晩まで「物売りの声」で満ちていました。物販だけでなく、不要品回収や修繕の専門業者もまた沢山ありました。古紙・古着・金物はおろか古骨(傘)・蝋燭・箒・贈答品・灰・頭髪・屎尿と切りがありません。江戸は高度の循環型社会だったのです。

 昭和の頃には一部残っていた物売りの声も、聞かれなくなって仕舞いました。今では「竿竹売り」と「廃品回収」位でしょうか。それもスピーカーからですが。「豆腐屋」「焼芋屋」「夜鳴き蕎麦」などは聞き覚えのある方もみえると思います。

 著者は昭和8年生まれの千住の下町育ち、浅草を遊び場として子供時代を過ごしたそうです。漫才や司会業で身を立て、70年代に人気テレビ番組「11PM」の司会も勤めました。今では「物売りの声」を芸とする数少ない芸人です。付録のCDは寄席の実演です。

 個人的な体験ですが、1980年代に「ちり紙交換」の軽トラックが、サティのピアノ曲『ジムノペディ』を鳴らしながら町内にやって来て、驚愕したのを覚えています。美大か音大出の食えないアーチストの副業に違いないと、勝手に想像したものです。

冷水売り<>


水屋

 容器入り飲料水「六甲のおいしい水」が発売されたのが1983年。それ以前日本では水は只かと思っていたら (水道水は只ではありませんが)、江戸時代に「水売り」が居ました。

 江戸時代末期に書かれた風俗の大書誌『守貞謾稿 (もりさだまんこう)』の挿し絵の中にあります。売り詞は「しゃっこーい、しゃっこい」(「冷っこい」の訛り)。夏季に砂糖や白玉を入れて売り歩いたそうです。次は一茶の句です。月かげや夜も水売る日本橋。著者の子供時代にはまだ見かけたそうです。

 これと別に「水屋」がおり、井戸や水道のない家に上水を配給していました。江戸は水道も発達しており、「水道橋」や「溜池」の地名はその名残です。


 演劇では、「売り声」が季節や時間帯を表す役割を果たすことがあります。関東と関西では言い回しが異なることも多く、要注意です。ジャンルは少し違いますが、香具師 (やし) のそれも失われゆく詞として、同類と言ってよいでしょう。「バナナの叩売り」や「ガマの油売り」の口上です。

 CDに収められている売り声の一部を記しておきます。幾つかは死語ですが落語では現役です。──納豆売り、飴売り、薬売り、朝顔売り、金魚売り、梯売り、屑屋、羅宇屋、定斎屋、鋳掛屋、十八文屋。

題名
江戸売り声百景
双書名
岩波アクティブ新書 74
著者
宮田章司
録音場所
新宿末廣亭
録音
北島一三、小池保
発行年
2003年
定価
940円 (税別) 
ISBN
4-00-700074-3

※参考資料:『いいねぇ〜江戸売り声』 宮田章司 (素朴社 2012)
      『お江戸の意外な「食」事情』中江克己 (PHP研究所 2008)

(aip 22号より・2013年4月)