■『明治の柩』公演に寄せて 追悼 高瀬久男

(撮影:飯田研紀)

 文学座公演『明治の柩』は演出家不在で6月11日の初日を迎えた。演出の高瀬さんは稽古期間中に入院し、現場復帰が叶わぬまま、6月1日に亡くなってしまった。享年57歳。さぞかし無念だったに違いない。

 公演パンフレットに書かれた「独立をめざせ」と題する文章は "たとえ命つきても" という言葉で結ばれている。自身の病状を鑑み折々に覚悟が見受けられた。体調不良にもかかわらず意欲は衰えることなく、どこか泰然としたところがあった。

 『明治の柩』(作:宮本研) は1962年にぶどうの会で初演。演出は竹内敏晴足尾銅山鉱毒事件に取材し、代議士で闘士だった田中正造が主人公である。

 近代化の推し進む明治という時代のきしみの中で、正義を貫いて生きることの困難さが、社会主義思想家やキリスト教信者らとの議論を交えて描かれる。天皇制下、青年農民との軋轢、権力側の切り崩し、男女の機微も絡み、運動内部の矛盾も映し出される。

 台本にこんなト書きが何箇所かある。「あれがきこえてくる」。意味深で不明である。高瀬さんは「君が代」と断定。

 既存の演奏には適するものがなく、録音するということになった。馴染みの音楽家を通じてトランペット奏者の渡辺隆雄さんを紹介してもらう。

『明治の柩』チラシ


映画『襤褸の旗』

 信濃町の文学座アトリエは、防音設備は無完備。近くの慶応病院に向かう救急車のサイレンがよく聞こえる。雨が降ろうものなら録音中止である。稽古休みの5月25日に録音。

 楽譜どおりの演奏に加えて、レの長音とかレド/レドレなど旋律の断片、そしてアドリブも吹いてもらった。舞台は空っぽ。マイクは1本。木造のアトリエの豊かな残響も合わせて収めた。

 打合せは十分できてなかった。それまでの言葉の端々を思い返し忖度するほかない。役者や他のスタッフも同然である。公演中止の気配は微塵もない。

 出演者や演出部に演出経験者が幾人もおり、坂口芳貞さんが代表格で指揮をとった。鵜山仁さんも仕事の合間を縫ってやってきた。演出補も奮闘し、上演に漕ぎついた。劇団の底力を見せつけられた思いだ。


(撮影:益永 葉)

 稽古でトランペットを当てたが、単音では物足りない。奏者の了解を得て、重ねたり音程を変えたり一部手を加えた。「あれ」の1回目は"レ"のみの組み合せ。判然としないものが段々「君が代」の体を成し、最後はアドリブという構成とした。


(撮影:宮川舞子) 

 高瀬さんは、福島、辺野古など足尾と同じく住民が国家や企業と対立する現代の問題へとつなげる意図があった。

 終盤に谷中村の家屋が強制執行により取り壊される場面がある。それらしい効果音を入れてみたが、音だけでは説得力は皆無だった。思い切ってブルドーザーの音に変えた。時代考証は目茶苦茶だが、こちらの方が断然よい。
  重機の衝撃音と共に「君が代」の旋律を中断し、やがてくる敗戦による日本の国家主義の崩壊を表徴した。
 幾ばくかは故人の遺志を反映できたのではないかと思う。

  舞台装置 (美術 : 島次郎) は、丸太組みの足場や空中の大きな木製の水路などで構成。鉱山や渡良瀬川を想起させる。時おり水路から激しく流れ落ちる本水の音をマイクで拡声した。

舞台模型:島 次郎

(撮影:益永 葉)
 終幕は主人公の葬儀の場。中央に柩が置かれお経が流れる。田中を追った刑事(坂口) と妻(山本郁子) が独白する。高瀬さん本人は無宗教だが、真言宗豊山派でとり行われた祖父の葬儀の荘厳さが忘れられないと語っていた。

 終曲は静謐で追憶の曲がよいと言っていた。哀悼の意を込めてファゴットの独奏を選んだ。照明の沢田祐二さんが最後の暗転を作った。
 題名に柩とあるのは何とも皮肉である。久男の久は匚構えに入ってしまった。国構えと違い、匚構えは一辺が開いている。不屈の故人はここから戻ってくるのではないか。

 7月9日に文学座アトリエでお別れの会が開かれた。劇団同期の渡辺徹、美術担当の島次郎が弔辞を読んだ。雨の中大勢の人が詰めかけ故人を偲んだ。


お別れの会の祭壇

高瀬久男  略歴


■文学座公演『明治の柩』

●2015年6月11日〜24日 あうるすぽっと

●出演:石田圭祐/山本郁子/木場允視/上川路啓志/南一恵/
    亀田佳明/福田絵里/石川武/藤側宏大/千田美智子/
    得丸伸二/加納朋之/佐古真弓/椎原克知/坂口芳貞/
    沢田冬樹/清水圭吾/高塚慎太郎/駒井健介

●スタッフ
  作:宮本 研
  演出:高瀬久男
  美術:島 次郎
  衣裳:前田文子
  照明:沢田祐二  + 操作:阪口美和
  音響:藤田赤目  + 操作:鈴木三枝子
  トランペット演奏:渡辺隆雄
  殺陣:栗原直樹
  演出補:生田みゆき
  舞台監督:寺田 修
  制作:矢部修治、大野順美
  票券:最首志麻子

 

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2015年7月号より)