■ 佃 典彦氏はスポーツが好きである

 佃典彦。体が柔らかい。漫画家の佃公彦が父かというとそれは違う。俳優にして劇作家にして演出家である。

 B級遊撃隊という劇団の主宰者である。思ふにB級こそ価値がある。A級では自慢しているようで謙虚さに欠ける。C級では調子ばかりが良さそうで風格に欠ける。BC級では中途半端で戦犯と間違えられそうだ。対してB級は肩肘張らずフットワークも軽そうで好い。完全無欠を求めるよりも不条理を善しとし、シニカル・ナンセンスを持味とする。氏が劇団を興したのは1986年、22歳の時である。ある時期まではちらしに "げんこつ芝居" の文字があった。

tsukuda『ピンクの像と五人の紳士』より  右:佃 典彦

 学生時代に心酔する竹内銃一郎率いる秘法零番館に入団しようとしたことがある。申込みの電話に出たのは俳優の木場勝己。返答は「只今団員募集はしていない」だった。入団できなければ就職を決意していた氏だが、ある映画が切掛けとなって芝居の世界に戻ることになる。

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■『審判』

 出世作は『審判〜ホロ苦きはキャラメルの味』。江守徹や加藤健一によって演じられた『審判』(作=バリー・コリンズ) とは別物である。共通しているのは男優の一人芝居だという点だ。本作の主役は野球の審判である。何とも人を喰っている。
 この戯曲は第3回名古屋文化振興賞を受賞。翌1988年に同賞の審査員の一人である北村想の演出で初演された。主演はプロジェクト・ナビの伊沢勉。

 私は音響プランを担当した。会場は名古屋の鶴舞公園内の野球場。照明設備やバックネットはあるものの、観客席の無い小さな球場である。俳優は本塁の後ろ側、実際の野球の主審の位置するところで演じる。観客はグラウンド内に入りそれを取巻くようにして観る。照明・音響のオペレートは二塁付近に組んだイントレの下段に陣取り、上段にピンスポットライトが設置された。俳優の声はワイヤレスマイクで拡声した。会場全体が舞台装置となった。

 主人公は、プロ野球中日対巨人戦で主審を務める。その試合を最後に引退する56歳。何でも「アウト」と「セーフ」で判断してしまう、融通の利かない人物である。1回表から9回裏へと試合が進行するのに連れて、自分の半生、妻子との出来事を思い返すという筋立てである。時として現実と回想とが錯綜し、球場は混乱する。劇的でユーモラスな場面が創出される。巧みな仕掛けだった。

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nagoyaナゴヤ球場/1996

■『審判』の音響

 音作りは大変だった。ほとんどは野球の効果音である。投げる・捕る・打つに始まり、死球・ファールチップ・ホームラン等盛沢山である。これに歓声やら野次やらを混ぜ、球場の雰囲気を作った。両軍の応援団の音もある。オープンテープの時代である。4チャンネルの再生機を駆使し、一塁側と三塁側をステレオとし本塁側も含めて立体音響とした。

 登場人物は一人なのだが、声の配役がある。ラジオの実況放送のアナウンサーと野球解説者である。北村と佃がこれを担い、息の合ったところを見せた。この冒頭にスポーツマーチを流した。ちょいと困ったことが起きた。「中部芸術スペシャル」という枠でNHKの録画放送が決まっていたのだ。

 スポーツマーチというのは各局に決まりの曲がある。NHKなら古関裕而作曲の『スポーツショー行進曲』。日本テレビの『スポーツ行進曲』(作曲=黛敏郎) を聞けば大抵の人はプロレス中継を思い出すだろう。NHKだからと言って前出の曲では迎合が過ぎるし、民放のテーマ曲では嫌みである。結局ここはB級な!?判断を下し、マーチ王スーザの『エル・カピタン』という曲を使った。因に「カピタン」は英語の「キャプテン」に相当するスペイン語である。


■ 公演当日

 公演は2日間の予定だったが、1日目は雨天中止となった。2日目は晴天。満員の観客が会場を埋めた。泡を喰ったのはNHK名古屋の中継班の連中だ。ぶっつけ本番、野外だから日没しないと暗くならず、照明の具合も分らない。「何とかなりますよ」と声を掛けたものの、こちらも同然の状況だった。

 試合開始ならぬ開演は19時15分。ナゴヤ球場に見立てたウグイス嬢のアナウンスが入ると、雰囲気は一段と高まった。6月である。薄暮から闇夜に移り行く様は何にも代え難い演出効果となった。街の騒音や風の音が、音ネタの不完全さを減殺してくれた。野外独特の響きが立体音響の効果を増し、臨場感は満点だった。 救急車のサイレンが聞こえて来れば、俳優が当意即妙に応じた。

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2005年に消滅した名鉄の駅名

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■ 岸田國士戯曲賞

 最近氏に会ったのは、4月第50回岸田國士戯曲賞の授賞式である。受賞作は『ぬけがら』。昨年の文学座アトリエ公演への書下ろしである。演出は同座の松本祐子。私は音響プランを担当した。偶然であるが松本と私は名古屋で同じ小学校に通っていた (時期は違う)。この小学校の近くにB級遊撃隊の稽古場はある。

 今回審査員の約半数が入れ替わったことも影響したのか、同賞の審査は難航したようだ。有力候補が複数あり、三浦大輔の『愛の渦』との同時受賞で決着した。東海地方からは北村想以来実に22年振りの受賞となった。もっとも審査員諸氏の選評を聞くうちに、当人は本当に自分が受賞者なのか疑う心境になったと言う。それ程の激戦を勝抜いての受賞である。改めて祝福したい。同じ愛知県を本拠地とする天野天街やはせひろいち氏らにも続いてほしいものだ。

■『ぬけがら』

 本作もまた着想が奇抜で秀逸である。主人公の中年男の父親が、ぬけがらを脱いでは若返りを繰返す。80歳代から20代迄、6人の父親を別々の男優が演じることで、父親像は深みを増した。それぞれ年相応の俳優を配役できるのは文学座の強みである。皆好演だった。
 現実と非現実が交錯し、此岸と彼岸を往来する奔放さは佃作品の真骨頂である。父親がモチーフという点では『審判』と共通である。
 2006年4月に本作の舞台監督だった文学座演出部の神田真さんが急逝された。ご冥福を祈る。

『ぬけがら』の音響

nukegara2左より、若松泰弘 山本郁子 飯沼 慧/撮影=飯田研紀

 スポーツと言えば、『3A』(演出=佃 典彦/1991) でも野球が、『精肉工場のミスターケチャップ』(演出=伊藤明子/2000) ではボクシングが、『真夜中ボウル』(演出=松本きょうじ/2003) ではボーリングが出てくる。
  佃 典彦。頭も柔らかい。


(悲劇喜劇 2006年8月号より/特集=いま気になる劇作家たち)