origato宣伝美術=雨堤千砂子

 2003年9月に岩松了の新作『西へゆく女』が、作者自身の演出で演劇集団円によって、ケラリーノ・サンドロヴィッチの演出でオリガト・プラスティコによって、同時期に上演された。私は偶々両方の音響プランを担当した。円もケラ氏も初めてなので、それだけでも新鮮だったが、こうした体験は初めてだった。

 オリガト・プラスティコはケラ氏と女優の広岡由里子のユニット。で主人公を演ずるのは岸田今日子。劇場も異なり片や劇団、片やプロデュースと対照的な公演だった。(下表参照)

■ 同時進行

 主人公は、上海で活動歴のある女スパイ。私は双方の稽古場に出入りしていたので、スパイ視された。どちらの稽古場でも話の流れと役名は同じである。一方に出席すれば他方への理解も進み、得した気分だった。

 自ら音響プランに課したのは、二つを別物とし、他方に負けないことだった。プランナーというのは、観念的な分裂を余儀なくされる。音のプランを考える時には、出し手の自分の他に、聞き手の自分を想定する。聞き手の自分にも二人いて、一人は舞台の俳優、もう一人は客席の観客である。この三者の間を往き来しながら、音の善し悪しを吟味するのである。
en宣伝美術=坂本志保
【表】『西へゆく女』上演記録
主催 オリガト・プラスティコ 演劇集団 円

とき

2003/9/12〜21 2003/9/19〜28
ところ 本多劇場 シアター・トラム
演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ 岩松 了
美術 星 健典 島 次郎
照明 吉倉栄一 小笠原 純
衣裳 加藤寿子 前田文子
音響 藤田赤目 藤田赤目
舞台監督 青木義博 田中伸幸
制作 大矢亜由美 桃井よし子
- 配役 -    
ハル 広尾由里子 岸田今日子
トキ 宝生 舞 平栗あつみ
イノ 矢沢幸治 吉見一豊
タジマ 渡辺いっけい 石住昭彦
スズキ 長塚圭史 渡辺 穣
ヤマネ 安澤千草 佐藤直子
タカギ 八十田勇一 望月栄希
ミノル 鈴木リョウジ 瑞木健太郎
■ 音楽と効果音

 スパイや刑事、記憶を無くした男が登場するからといって、謎解きや活劇がこの芝居の本質ではない。音楽もそういう方向に向かわないようにした。登場人物達の多くは過去の影や愛への渇望に支配されている。疑念・不安・喪失といったものが基調にある。

 効果音に難題があった。ト書きに「握られた手の中でセミが鳴く」とある。録音するしかない。小学生以来の捕虫網を
購入して、近所の公園に出掛けたが、皆高所で届かない。やっとの思いで石神井川の川辺の低木でミンミンゼミを捕獲したのは、夕刻近くだった。別の種類のセミを捕える自信は無かったので、編集で変化を付けた。

■ サイレンサー

 初日から数日後に、円の音響オペレータから連絡があった。「サイレンサー付拳銃の音が本物と違う」と、客から異議が出たというのである。モデルガンの愛好家だった。俗に言う"河童の横槍事件" である。「そんなもので人は死ぬのかという音がいい」という訳で軽い音になっていた。演出家の指示で重い音に変更した。昨日の正解が必ずしも今日の正解ではないのが、演劇の常である。

nishie瑞木健太郎・岸田今日子・平栗あつみ 撮影=益永 葉

 出来上がった芝居は、俳優も美術も衣裳も異なり、東と西ほど違うものになった。
明日の正解を探すしかないが、そもそも正解があるかどうかも分らないのである。

(悲劇喜劇 2004年1月号より/特集=舞台の上の音楽)