■プラハ カドリエンナーレ2011 随行記 ─日本舞台美術家協会がプラハを振動させた11日間─

■PQ2011

 プラハカドリエンナーレ (PQ) は、4年毎にチェコの首都プラハで開催される国際舞台美術展です。国内では知名度は低いですが、70カ国が参加し、来場者は3万5千人という、国際的なイベントです。始まりは冷戦の最中の1967年、今回で12回を数えます。

 会期は6月16日から26日の11日間。チェコの文化省と芸術/劇場研究所の主催です。ダンス・オペラ・演劇のみならず、マルチメディア・視覚芸術・インスタレーションなど幅広い分野が対象です。<国および地域> <学生> <極端な衣裳> <劇場建築>などの部門があります。


PQ2011のパンフレット


日本のパンフレット

■国際的舞台美術展

 主会場は、ヴェレトゥルジュニー宮殿国立美術館。このほか劇場や教会など、市内二十数箇所で展示のほか、上演・講演・シンポジウム・ワークショップ・会議・教育プログラムなど、500以上のイベントが繰り広げられます。今回の標語は "変転する世界の静止点で"。

 主要部門はコンペ形式です。日本舞台美術家協会 (以下協会と記す) は第2回から参加し、3度の団体賞と3人の受賞を果たしています。今回学生部門には大阪芸術大学が参加しました。ギリシャは財政危機で参加を取り止め、リトアニアは「政府がお金を出してくれなかったので作品を出せなかった」という抗議文を掲示しました

■どうして音響が美術展に

 昨年11月に舞台美術家のUさんから電話がありました。「ボランティアの仕事があるんだけど…」。Uさんとは面識はありましたが、仕事でご一緒したことはありません。聞けば6月にプラハで舞台美術家によるパフォーマンスをやるので、協力してほしいとの事。毎月1回集まっているというので、顔を出しました。場所は横浜港に浮かぶ横浜ボートシアター

 Uさんの話や企画書を総合するとこんな具合です。PQの出展は、模型や図面やデザイン画あるいは衣裳の展示、写真の掲示やスライドの投映が主流であり、当協会もそうしてきた。このような方法は、舞台作品の<空間>を記録することは可能だか、<時間>を表すことは出来ない。マンネリからも離脱したい。今回は常套手段を捨て、新たな方法に挑戦する。舞台美術家たちが自らのパフォーマンスを「展示」する。


音具を試奏する美術家の面々

森村泰昌 『肖像経済/シュケル』

 ややっこれは、舞台美術家が全員 "森村泰昌" になる宣言なのだろうか。

 音響への注文がありました。スピーカーは見せたくない。空間全体から音が出ているようしたい。空気ではなく物体を振動させるスピーカーがあるが、これを活用できないか。


■振動スピーカー

 これは俗に振動スピーカーと呼ばれる物で、以前からパネルに取付式のものがありました。最近では机上に置く物がパソコン用に出回っています。

 4月以降、稽古や作業は週1回となりました。この頃には渡航する腹を固めました。仕込がある前半に決めました。7泊8日で航空券・宿泊・保険料合わせて約15万円。
 協会員も全員手弁当です。制作や渉外、手配や調達、道具や衣裳の製作は、協会員が手分けして当たりました。


 振動スピーカー /FOSTEX GY-1

 


『神』 堀尾幸男さん/手には金の舟


■題名は『戀しい人間』

 パフォーマンスの題名は『戀 (いとお) しい人間』。キュレーターは、1946年広島生まれの堀尾幸男さん。J. スヴォボダとも交流があったそうです。テーマは「生命と原爆」。十数人の演者が、一人一場面を創作し、駅伝式に繋いでゆきます。

 2月に、振動スピーカーでは最大級のFOSTEXのGY-1を用意して、デモンストレーションを行いました。色々な素材で試しましたが、面積の大きく厚い木材の板が最適でした。グランドピアノの上にでも置けば、かなりの高音質が期待できます。コンクリート製の固い床面は振動しないので駄目です。

 もう一つ用意したのが音具です。これも実際手に取って試奏してもらいました。数十種を用意しました。

■音響プラン

 出演者の音の要求はまちまちです。知人の音楽家に委嘱する人、自ら選曲する人、選曲や編集を依頼する人。また効果音や声の録音の要求もありました。普段の仕事とは随分勝手が違います。

 音の打合せに、絵コンテを画いてくれる人もありました。さすが美術家です。
 堀尾さんから、チベットの読経を使いたいと提案がありました。音楽は日本やアジアのものを中心とし、「祈り」を基調とする音響プランを立てました。伶楽舎武満徹巻上公一などの音楽を用いました。音具は予想以上に多用され、10種以上を使いました。

 パフォーマンスに、統一された様式があるわけではありません。しゃべる人/書く人/歌う人/踊る人/食べる人/交わる人/産む人/壊す人と様々です。色合いもシリアス・コミカル・ファンタジック・グロテスクと多様です。


『誕生』 堀容子さん、秋山光洋さん/
背景に鳥居


各場の1/20の模型

■『ピカッ』

 同じく広島生まれの、土屋茂昭さんの『ピカッ』の場はこうです。日常音や子供の声の流れる中、竹竿と彩色された街の模型を持って登場。英語や身振りで観客の参加を促します。小さな赤ん坊の人形を、街の任意の場所に置いてもらいます。一人に "秘密のスイッチ" を渡し、3・2・1の掛け声で押してもらいます。すると竿の先のフラッシュが閃光を放ち、その瞬間に街の音は途絶えます。

 水平方向に模型を回転すると、原爆ドームが現れます。音は放射線量計の計数音と警報音に変わります。スイッチを押した人にこう言います。"You pushed."。防護服を着込むと、模型と人形を透明のビニール袋に密封して去ります。この間ライヴカメラが客席や模型を写し出します。最も毒気の強い作品でした。

 必要に応じてチェコ語と英語の録音を流しました。先の場面では「この広島の原爆ドームは、チェコの建築家の設計による」です。

■震災起きる

 稽古が進行している最中の3月11日に震災が起きました。原爆を扱っているだけに、パフォーマンスの是非や中味について、議論がありました。私は震災時の各公演の対応が、表現者と意思決定者の当事者意識の差により、異なる結論を下した点に触れました。所期の方針を変えることはなく、各自が考えや思いを、パフォーマンスに反映すればいいという意見でした。
 震災を機に大きく生活が変わった人や、被災地に赴きボランティアの活動をする人もありました。

 このような議論が一つの形になって表れました。大阪チームの作った投書箱のオブジェです。広島・長崎の原子爆弾の爆発と、東日本の震災発生の時刻を示す、三つの時計が配置されています。


劇団F稽古場にて

■展示空間

 日本の区画は、四つあるホールの内の一画。高さは十数mで、幅6m×奥行9mです。左隣がデンマーク、右がイギリス、向かいが台湾です。

 装置はU字形の紙製ルントホリゾントです。上方から垂らしたワイヤーで吊り下げます。素材は未印刷の新聞用紙を貼り合わせた物で、高さ3m×12m。このルントの内側が演技空間です。

 舞台中央には天井から200Wの裸電球が吊り下げられており、調光可能です。太陽となったり原爆を象徴したり、場面によって明滅します。


「虚」 高橋岳蔵さん

■水書きグー

 床に敷くのは厚手の紙です。灰色なのですが、水で濡れると真っ黒になり、乾くと元に戻ります。毛筆習字の練習用に開発された特殊な紙で、繰り返し利用できるところがみそです。

 ルントは床面に固定されていないので、人や物の出入りは自在です。書く・切る・破る・揺らすなど表現手段は多彩です。裏から噴霧器を使って絵を描いたり、懐中電灯を当てたりも出来ます。


『地獄』 島次郎さん/床に祈の文字

産業貿易省の屋上のドーム

■プラハへ

 日本からの直行便はありません。モスクワ経由の往路は約16時間。機中はずっと日没せず、余り眠れませんでした。複数の荷物がモスクワで留まったり、現地手配していた竹材が転売されていたりと、幾つかの事件がありました。公営交通のストにも見舞われました。プラハ在住の邦人に通訳を始め多大な協力を得ました。

 気温や湿度は東京より低く、過ごし易いです。6月は夜10時を過ぎないと陽が落ちません。朝は遠くから時鐘が聞こえます。宿舎のホテルカフカから会場へは、路面電車で15分程。途中のヴルタヴァ (モルダウ) 川沿いに、原爆ドームに似た建物があります。産業貿易省です。戦火を免れたので、歴史的建造物が多く残っています。教会やシナゴーグも数多いですが、国民の半数が無宗教とは意外でした。

■音響システム

 振動スピーカーは前出の大形2個と小形4個を用いました。大形は下手はめくり、上手は掲示板の裏側の箱にそれぞれ収納。小形の4個も客席側の木箱の中に設置してあるので見えません。
 アンプ内蔵なので、省スペースという利点がありました。電源は大形がAC100V、小形がUSBのDC5V。音声はミニプラグで接続します。

 箱の容積が小さいのと現地で調達した合板の品質もあり、音は決していいとは言えません。「空間全体から音が出ているようしたい」という演出家の要求には応えられました。客の至近にスピーカーを配置したお陰で、他のブースからの音が錯綜する悪環境の中、小音量でも比較的明瞭度を保ちました。

 オペレートは美術家が行います。場所も限られており、ノートパソコンを用いました。MIDIコントローラーで、音の出し入れやフェードアウトなどを、一つのボタンで操作出来るようにしました。


音響オペレータの寺田さん

音響配線図


通路をふさぐ観客

■盛況だった日本ブース

 各国が空間を埋め尽くし、飾り立てる情報過多の中、日本ブースは、「簡略・低廉・質素」で、異彩を放っていました。白色のルント紙は、「神聖・潔白・空虚」な印象を与えます。「less is more (より少ないことは、より豊かなこと)」という、PQ'11の企画方針に合致します。掲示板に1日2回の上演時刻を表示しました。上演時間は55分〜75分。

 パフォーマンスが始まると会場に点在している椅子を観客が運んでくるので、近隣の椅子が日本ブースに集まります。流動性を危惧していましたが、入れ替わりはあるものの、常に30人を超える観客があり、通路を塞ぎました。

■「祈り」

 舞台美術家がパフォーマンスをしているブースは他に見当たりません。熟達・統一・洗練された感はありませんが、ひたむき・無欲で好感度大です。散華と五体投地で始まる構成は、儀式めいていて客の心を掴みます。雅楽の音色は外国人の耳には新鮮なようでした。作品の主調たる「祈り」は観客の多くに伝わったことでしょう。

 幕間には、各場面の1/20の模型を積み重ねて展示しました。各模型の中央には、原爆リトルボーイの形を模したLEDが発光しています。ルントには、パフォーマンスの映像を投映しました。


『再生』 佐々波雅子さん


舞台美術家協会の皆さん/ルントの紙貼り作業場にて

■家路

 市民会館スメタナホールでプラハ交響楽団のコンサートを聴きました。クーベリックが亡命先から42年振りに帰国し、『わが祖国』を指揮したという伝説のホールです。壁や天井は、絵画や彫刻やステンドグラスで埋め尽くされ壮観でした。

 日本の震災はチェコでも大きく報じられ、チャリティコンサートも開かれたそうです。ドヴォルザークの『家路』に日本語の訳詞があることを知り、チェコの声楽家が「遠き山に日は落ちて…」と歌ったそうです。音楽関係者に、多くの日本の小学校で『家路』が下校時にチャイムで流れると言うと、驚いていました。金賞はブラジルが受賞。

 時間は空間を介して人の記憶に定着します。PQ'11日本ブースは消滅しましたが、新たな挑戦で時の記憶を刻みました。"ジャパンデー" には、前田清実ダンスカンパニーの踊りと、現地在住の沢則行さんの人形劇が行われました。



※ 写真提供:日本舞台美術家協会ほか


ホテルカフカの電灯

 ※参考資料: PQ2011 マニュアル、公式パンフレット、ウェブサイト
      『悲劇喜劇』2010年12月号 堀尾幸男
        大阪芸術大学紀要『藝術 2324』 堀田充規

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2011年7月号より)


 ※『戀しい人間』は、2011年10月に池袋西口公園で再演されました。